子どもの頃、妙に「狭いところ」「囲われたところ」で落ち着いた気分になった、ワクワクした、という経験はありませんか?
こたつの下に潜り込んだり、押入れに閉じこもったり、傘を開いて並べて、部屋に低い屋根を作って本を読んだり…
「秘密基地」を手に入れたようなドキドキ感と、でもそこを這い出せばいつものように家族がいるという安心感、両方を得られる不思議な空間でしたよね。
今回ご紹介する「ヌック」は、まさにそんな場所。大人も子どもも心を満たされる居場所を、ぜひ住まいに取り入れてみたい、と思うはずです。
コロナ禍による「ひとり空間」の需要の増大
家族が同じ空間にいる時間は、大切なものです。夫婦や親子のコミュニケーションは、同じ空間にいて時間を共有することで生まれるものです。
しかし、コロナ禍によってあまりにも長時間一緒に家で過ごすことが増えすぎて、家族であっても、普段は仲が良くても、気疲れを感じたり短所ばかりが目についたりするようになってしまった…それはお互いが人である以上、ある程度は仕方がないことです。
もともと自分の趣味部屋や書斎のある住まいであれば、ちょっと休みたいときにはそこにこもればいいかもしれませんが、そうでない場合は常に家族がいるという状態で少し疲れてしまった、という人は、コロナ禍でとても増えてしまったことでしょう。
テレワークで仕事をしようにも、常に家族の目がある。子どもの声が気になる。そんな状況下で、居室の一部を仕切ったパーソナルスペースをDIYすることも流行りました。
でも、コロナ禍は同時に外の人たちとの交わりをなくすきっかけにもなってしまいました。職場での、同僚とのちょっとしたおしゃべり。学校で当たり前のようにしていた友達との会話。それが分断され、孤独を感じることも一方では多くなったでしょう。
結果、つながりを求めながらも、精神的にひとりになりたいことがある。たまには自分時間をゆっくり過ごしたい。そんなふうに相反する気持ちを抱える人は、少なくないのではないでしょうか。
その悩みは、「ヌック」の存在で解消されるかもしれません。
ヌックとは?
スコットランドが発祥の地
石造りの家が多いスコットランドでは、暖炉のそばに腰かけを設置した居心地の良いスペースがあり、そこは「アングル・ヌーク」「イングル・ヌーク」と呼ばれています。
これが元になり、「落ち着いた雰囲気の居心地が良い、こぢんまりと囲まれた空間」のことを「ヌック」というようになって、近年定着したといわれています。
心のゆとりや、精神的な満足感を与えてくれる、そんな意味がこもっています。
こぢんまりとした、くつろぎの空間
広くて開放的なリビングは、それはそれで快適なものです。家族が一緒に過ごす、団らんの場としては満足のいくもののはずです。しかし、あえてデメリットを挙げるのならば、そこにプライベートの要素はなかなか乗せられません。
家族との距離感も大事にしながら、自分の時間や空間も確保したい。矛盾しているようですが、「気がつけば誰かがくつろいでいる」「こもってのんびりしている」、それが叶うのがヌックです。
「囲われた、居心地の良い空間」を得るのに、広いスペースは必要ありません。
広い家であればリビングやダイニングといった居室の他に改めてヌックを造ることもできますが、なかなかそういうわけにもいかない住宅事情でも、リビングの隅や窓辺、階段下のデッドスペースになりがちな部分に設けるという方法があります。
ひとつの「部屋」というほど広くはない、むしろ少し狭くてこぢんまりとしていて、他の空間と無理に仕切る必要もない、それがヌックです。
床から少し上げる、天井を少し下げる、ちょっとした壁のへこみにベンチを設置する、そんなゆるいゾーニングでも、もうヌックはできあがるのです。
できた空間にふかふかのラグを敷いたり、クッションを置いたりして、ごろんと寝そべる。小さな本棚とテーブルを置いて、お気に入りの本を並べてティーカップを持ち寄る。子どもの秘密基地のような遊び場にする。
他の空間とゆるく区切るだけであり、切り離しているわけでも、完全に同じ空間にいるわけでもない。だから家族とも程よく心地よい距離感が造れる。
同じリビングにいながら、テレビを見ている。読書をしている。お茶を楽しんでいる。おもちゃで遊んでいる。それぞれが別のことをしながらも存在を感じ合っている。つながりと自分時間の両方を満たせる。
ヌックのいいところはそこなのです。
ヌックのいいところ
家族の気配を感じながらもひとりでいられる
壁で仕切られ、扉のある個室にこもってしまったら、家族がお互いの様子を確認し合えません。だからといってリビングで常に姿が見えているのもちょっとだけ気疲れしてしまう。
そんなときにゆるくつながった空間があれば、同じ部屋にいながらも程良い距離感でそれぞれの時間を楽しむ暮らしができるでしょう。
自分の時間を持ちながらも子どもを見守れる
リビングに、小さな子どもも含めて家族みんなが集まるのは大切な時間ですが、子どものおもちゃが散らかって落ち着かない、のびのびと遊ばせられない、常に見ていないといけない、という悩みも出てきます。
そんなときには、「子どもの秘密基地」のような位置づけのヌックがあるといいですね。このスペースの中であればおもちゃを散らかしてもいい、というわかりやすいルールを作れば、親子お互いのためにもなるでしょう。
親としても、ヌックで遊ぶ子どもを見守りながらも、家事などができます。一緒にヌックに入って遊んでもいいですね。
面積に余裕はなくても自分の空間を造れる
自分の書斎や趣味部屋がほしい、でも家の中にそんな面積の余裕はないし、予算的にも厳しい…という場合にも、まとまったスペースの必要がないヌックであればそれが叶えられるでしょう。
読書、仕事、勉強、お昼寝、趣味に没頭するなど、大人の時間が過ごせる快適空間が手に入ります。
空間にメリハリが生まれる
開放感のある広いリビングは気持ちがいいものですが、おしゃれな空間演出のために家具や小物をたくさん配置するとしたら本末転倒です。その点、ヌックがあれば立体的な、また圧迫感のないメリハリを空間につけることができるでしょう。
床や天井の高さ、入口の工夫だけでなく、居室とは異なる床材や壁紙を使うことでも、つながりを持ちながら他の空間と違いをつけられます。
ヌックはどこにしつらえる?
リビングなど居室の一角
よく見るリビング内の小上がりタイプの和室では、5~6畳以上くらいの広さを必要としますが、もっと狭くこぢんまりとさせて畳を敷けば和風ヌックのできあがりです。
もちろん、必ずしも畳にする必要もありません。ふかふかのラグを敷いてもいいですし、マットレスを置いてもくつろぎスペースになりますね。
階段下などのデッドスペース
階段下といえば、住まいのなかにできるデッドスペースの代表的な場所といっても過言ではないでしょう。通常は収納にしたり、トイレを設置したりすることが多いのですが、まさにここを利用すれば、もともと天井が低いこともあって、洞窟のような、格好の秘密基地テイストのヌックができあがります。
ただ、階段下は勾配天井になるため、天井の低い方は窮屈になりがちなので、使い道や家具の置き方などに注意しましょう。設計時からしっかりとしたプランニングが必要です。
窓際の一角
日当たりがいい窓際の一角の床を小上がりにして、ごろんと寝そべることができるヌック、出窓のように床を一段置いて広めのベンチにし、腰かけて読書をしたり一息ついたりできるヌック。
気持ちのいい日差しを浴びながら、また外の風景を見ながらのんびりできる空間ができあがりそうですね。
廊下やホールの一角
ただ通るだけのスペースはもったいない、ということで廊下やホールの一角をヌックにしてしまうのもいかがでしょうか。
自分時間だけではなく、思いもよらない家族時間を創るきっかけにもなるかもしれません。
ヌック造りのポイント
ゆるく仕切る
これまでもお話してきたように、ヌックは「家族の息づかいを感じながらも、自分の時間を楽しむ」場所です。
そのため、かっちりとした個室にしてしまっては意味がありません。仕切りはなくてもいいし、扉はつけない方がいいでしょう。ただし「囲まれ感」も大事であるため、入口は狭くしたり、床を上げたり天井を下げたり、床材や壁紙を居室と変えたりして、他の空間とは差異をつけるようにするといいでしょう。
床を一段上げて、ベンチにするだけのラフなゾーニングでも、ヌックは完成します。
照明はあたたかみのあるものにする
ヌックの照明は、少し暗めがおすすめです。色も青白いものは避けて、オレンジ色の電球色のようなあたたかみがあるものの方が、落ち着いてリラックス効果が高くなります。
ただし、本を読むなら手元は少し明るくなるようにしておきたいですね。間接照明などをうまく活かすといいでしょう。
ヌックを造る際の注意点
造るなら新築時がおすすめ
ヌックはデッドスペースや居室の一角を利用することが多いため、既存の建物のリノベーション時に造ることも可能ではあります。
しかし、そうすると面積や場所にどうしても制限があり、思い描いていたようなヌックに仕上がらない恐れが出てきます。
理想に近いヌックの形を目指すなら、設計からじっくり時間をかけられる新築時に取り入れることをおすすめします。家族みんなで、どんなヌックをどこに欲しいか、わいわい話し合って最高のヌックをデザインしたいですね。
広くし過ぎない
ヌックの最大の長所は「こぢんまりと囲まれた居心地の良さ」です。そのため、広すぎないことが大事です。目安としては2~3畳といわれていますが、目的や好みに合わせて細かく調整しましょう。たとえば天井が低い方が落ち着く人もいれば、閉塞感に悩まされる人もいます。一般的な例を参考にするだけでなく、自分の希望に合わせることがもっとも重要です。
どう使うかをしっかりイメージしておく
まず「ヌックは本当に必要か?」ということを、しっかり考えましょう。
なんとなくおしゃれだし、なんとなく良さそうだし、とあまり深く考えずに造ってしまうと、中途半端で結局物置になってしまう、という恐れがあります。
ライフスタイルや家族の行動様式もよく考えたうえで、要不要を判断し、その次に細かな設計をイメージしてデザインしていきましょう。
また、ヌックをどう使うか考えることで、どこに設けるかという「場所」も絞り込めるはずです。
たとえば隠れ家的な雰囲気でこもってくつろぎたい場合と、あたたかい日差しを感じながら読書をしたい場合、集中して勉強や仕事をしたい場合であれば、最適な設置箇所はおのずと変わってくるでしょう。必要な家具(本棚やテーブルなど)も決まってきます。
将来の使い方もイメージしておく
特に子どもの遊びスペース・ワークスペースとしてヌックを活用する場合、子どもの成長とともにそのヌックの存在意義も変わっていくはずです。
最終的にデッドスペースにならないように、将来の使い方についてもイメージして設計するといいでしょう。
空調を考える
ヌックの設計にもよりますが、場合によっては空気が滞留してしまったり、夏は暑く冬は寒いという居心地の良さからは程遠い空間になってしまったり、という恐れが出てきます。
ヌック自体に冷暖房を置くことは現実的ではないため、他の部屋に置かれた空調設備の調整を意識して、室温や空気の流れをよく考え、ヌックを快適に保てるようにしたいですね。
まとめ
おうち時間が増えた今こそまさに、心の満足と居心地の良さを得られるヌックが求められている時代ではないでしょうか?
「絆」と「自分時間」、バランスを大切にしたいなら、ぜひヌックを住まいに取り入れてみてくださいね。